2020年9月6日御言葉

<主題>自分の労苦通りに受ける
<本文>コリントⅠ 3:10~17

自分の労苦通りに信仰の家を建てる

本文で、使徒パウロが家を建てる比喩を使って話しました。人は土台の上に自分が好きな通りに、金や銀、宝石、草、木、わらなどで家を建てます。草で造るのは簡単です。しかし残りません。だから大変でも難しくても、もがいて、お金もかけていいものを使います。これと同じく、自分の行い通りに各自信仰の家、永遠に存在する霊の家が建てられます。土台はイエス・キリストです。そこに、涙ぐましい思いをして信仰、お金、真心、行いの投資をして信仰の家を建てるから難しいのです。この世での行い通りに肉体がなされていくし、霊の家も建てられていきます。「あなたたちは神様の宮、聖殿であることを知りなさい。」だからいいものを建てなければなりません。自分という価値ある聖殿を汚してはいけません。

労苦し投資したとおりに受ける

行なったとおりに、自分の労苦通りに受けます。「労苦」とは、頑張って努力したことです。功績と労苦の意味は異なります。家を建てることは功績でなく、「労苦」したことです。家も宝石や金など高価なもので建てようとしたら、それだけ労苦がかかります。体を健康にするにも、ものすごく投資をします。時間の投資、努力の投資、力の投資をします。筋力運動も、数日やらないとすぐにしびれたりするから、毎日やります。これと同じく、信仰生活も、簡単にやることではありません。「労苦して、真心を込めて努力してやろう」ということです。普通にやったのではできません。ものすごく耐えて、患難、迫害を乗り越えてこそ信仰の超人になります。そうしてこそ永遠な世界をもらうのです。

落胆せず続けて走っていこう

大きい人がすべてを行なうのではありません。自分は小さいからできないと言わないでください。大きい仕事は大きいパワーショベルで、小さいパワーショベルは大きいものが入れないところを全部やります。自分の位置で一生懸命働くべきです。その労苦は永遠に輝きます。よくできなかったことだけを考えて落胆し、よくやったことは考えない。それが弱点です。どうしてできなかったとばかり言うでしょうか。よくやっているところを計算しないでよくできなかったところばかり計算したら、あきらめるし力が抜けます。よく頑張ったことは御言葉に従ってついてきたことです。御言葉に従ったからうまくいったし神様に栄光になりました。これからもらうべきものも沢山あります。もらうために走って登っていくのです。

神様の真理と愛で、真心と労苦を注いで生きる

本文の喩えのように、自分の信仰の家は各自の行いで造ります。高価なもので建てるにはどれだけ涙ぐましい想いをして、信仰、真心、行いの投資をすることでしょうか。神様がくださる真理と愛で信仰生活をする人たちが、金や宝石のような最高の材料で家を建てるのと同じで、本当に難しいことです。天国は黄金宝石の世界だから、黄金宝石で家を建てて住みます。神様に向かう絶対的な愛、絶対的な信仰と、神様が遣わした中心人物やメシヤを認めて信じて、神様に仕えて生きて初めて、その家が建てられます。嘘で建てることはできません。自分が熱心に頑張ったことを人が分かってくれないからと寂しく思わないで、真心と労苦を注いで努力して行いましょう。

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