第五章 ビジョンの伝達
Nはいろいろ経験して、未だ直接会ったことはないけれども、たまに画面越しで見た社長が本物だと確信して生きていた。
ある時社長の広報官のような役目を持つ役員にNを含む一部の人が呼ばれて部屋に行くと、その役員は言った。
「この会社で皆さんはよくやってくれてはいますが、まだまだ社長の思いに共感して一緒に会社を回してくれる人が少ないと社長が言っています。皆さんはとても理解してくれている人たちですから、機会があれば同僚に声をかけてみてください」。
Nはその言葉を真剣に受け止めはしたものの、自分がうまく伝達できるのか、そもそもその話を聞いた人が信じるだろうかと考えた。
その後Nがある新しい仕事に参加すると、とても目立つ人がいた。名前をD(ダイアモンド、仮名)と言った。一緒に働いていて、とても勤勉で、清潔で、大胆で、思いやりがあり、聡明なのがよく分かった。Nはすぐに感じた、「この人は社長が目をかけそうな人だ」と。
しかしそこでNは選択に迫られた。
選択肢
シナリオ1
N:「Dさん、実は私は社長直轄の未来創生室というところでたまに働くのですが、あなたのような勤勉で聡明で大胆で思いやりもある人を社長が探しています。
この会社をどうしたいとか、どんな人材に台頭してほしいというのがあるのですが、一度お話しませんか?Dさんの理想的な働き方や仕事内容についても今後適宜社長に専用のフォームで伝えて、一緒に成していけたらよいと思っています」。
シナリオ2
N:「(いや、この人は社長が好みそうな人ではあるけど、自分が初めてこの話を聞いた時もどれだけ疑ったか分からないし、話しても超冷たくあしらわれるんじゃなかろうか…。それだけでなく、もしこの人が周囲の人にNはやばい人間だとかふれて回ったら騒ぎになるんじゃないか…)」
結果
Nは悩みに悩み、吐きそうな思いでシナリオ1を選択したが、Dの反応は意外なものだった。
D:「えぇー!?うれしー!!是非是非!ちょっと今からお茶でもしながら話聞かせてください!」
思いもよらぬ好反応に意表を突かれたNだったが、無事に社長の思いも自分の経緯も伝えることができ、Dもそのプログラムに参加することとなった。
Nは安堵し、また喜んだのであった。
なお、後日また似たような状況で別の人に伝えたときは、
「いや、別に会社どうしたいかとか興味ないし、社員にどうなってほしいとかも興味ないです。私は私なんで。お帰りください」
と冷淡な仕打ちをくらったという。幸いNのキャリアには何も傷がつかなかったが、心には傷を負ったNであった。
-第六章に続く-
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