2025年11月23日主日礼拝『選ぶ人の心と同じであってこそ選ぶ』

説教

主題・聖書本文

主題

選ぶ人の心と同じであってこそ選ぶ

聖書本文

  • サムエル記上16章7節
    しかし主はサムエルに言われた、「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」
  • ローマ人への手紙8章29~30節
    神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである

説教要旨

神様が選ぶ基準は心

選ぶ人は自分の心と同じ人を選びます。いつも心を見て選びますが、特に自分の心と同じであるかどうかを見て選びます。

神様はダビデを心を見てお選びになり、『私の心にかなう人だ』とおっしゃいました。

しかし神様は選んでお使いになっている途中でも、その人が、選んだ方の意向どおりにしなければ、共になさらず、心に合うふさわしいほかの人を選び直して行われます。

今は新婦の時代です。だからむやみに選ぶのではなく、ご自身の心を持っている人をお選びになります。

選ばれて遣わされた人は選んだ人と一つにならなければなりません。神様とも聖霊とも御子とも主ともそうです。毎日祈り、選んだ方と相談もし、心が一体になって行わなければなりません。

行いを通して心が分かる

心は行いを見て分かります。行いを通して心が分かって選びます。心がきたない人は行いもきたないです。自分が忠誠を尽くして行ってみて初めて神様の心が分かるし、神様の心に叶うように考え、行なってつくります。

霊界に行ってみると、その霊の光が権勢であり、使命であり、能力です。ある霊は服が輝いてまぶしいぐらいです。義と愛と御言葉を実践することとその人の善良な心がそうだということです。

福音によって選ばれる

時代に神様が使命者を通して選んだ人たちはどのように選ばれたかというと、御言葉を伝えたときその御言葉を受け入れたら『福音にふさわしい人だ』とおっしゃって、お選びになります。

神様がお選びになった人は、御言葉を聞いたら『私もそのように御言葉を解釈するのがいいと思う』と言います。

イエス様も弟子たちに福音を伝えさせ、「福音を受け入れたら祝福を与え、受け入れなかったら塵を払って出てきなさい」とおっしゃいました。

時代の使命者を通して働かれる神様

神様は時代のために選んだその人にだけ御言葉をお与えになるから、その人だけが神様の心を分かって御言葉を伝えます。主人が来て初めて分かって神様の歴史を広げるようになります。

聖書を間違って無理やりに解いた4000年の理論を、イエス様が来られて正しく解いてくださいました。そしてイエス様以来2000年間聖書を間違って解いたものと、聖書の歴史6000年間間違って解いたものを、新しい歴史の使命者が再び来られたイエス様に学んですべて正しく解きました。

バプテスマのヨハネの教訓

バプテスマのヨハネは預言者イザヤが話した荒野で叫ぶ人であることに間違いありません。しかし、心が無知でメシヤと一体にならなくて正しく分からないから揺れました。メシヤに仕え、敬って一体になるべきでした。

荒野で叫んでばかりいないで、頭である時代の中心と一つにならなければなりません。

初めの心を保つ

特に最初の心、初めの愛が変わってはいけません。その心と愛を取り戻さなければ燭台を移すと言いました。

三位とイエス様を信じて従うばかりではなく、心がその心にふさわしく、その方が願う心で行って生きなければなりません。

豊作の時代の啓示

夢うつつの中で先生がある大地に立っていましたが、全体的に水田の作物が黄金色によく実って収穫を待っているのが見えました。

水田の全体の農作はうまくいっていましたが、一つの水田の稲作だけがうまくいきませんでした。豊作には見えず、普通でした。稲がまだ完全に実っていないものでした。

その水田の稲を牛がむしり取って食べていました。この牛は肉付きがよく、本当に大きくていい色をして艶(つや)がある牛でした。この時一人の男の人が数頭の牛を連れてきました。そのあと次々と牛がついて来ました。その牛たちもみんな肉付きがよくて、とても艶があってきれいでした。

全体の水田の稲は豊作だけれども、一つの水田だけが普通だったことを解いてみると、全体的に豊作である時代の摂理史の中でもそのような普通の信仰をしている人たちのことを見せたのです。

大きく太っている牛は御言葉が深く霊妙であることを見せたのです。また、御言葉の豊作を牛として見せ、この時代を牛として見せました。また、御言葉の糧を豊作の稲として見せました。

拡大してみると新しい時代は御言葉の豊作の時です。いつ凶作になるか心配だから、今この時に聞いて行って、夢で見た牛のようにみんな大きくならなければなりません。御言葉を行って肉と霊が変化した人になることが豊作のとき穀物を貯蔵することです。

御言葉を疎かにする人は肉も霊も信仰の姿もやせ細った形象になります。

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